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06/20
2013年中学校受験へ向けて
まだ 迷っているが
4科受験で、力が分散するよりは、まるちゃんは2科受験が良いかと思います。
塾長さんと面談・・・

モチベーションを、あげあげで
ここ最近は、難しい問題勉強の壁に、あたり
受験をすること自体に、下がり気味だった。
塾の個人面談を、終えて
小5でも希望する
中学校へのオープンスクールへ行く方もちらほらと
聞きます。
「行こう!」なんて気持ちも薄れて
「まだ 良いよ。。。」来年小6で行けば良いと、言う
「でも 秋の文化祭は行ってみようよぉ」誘う
受験に対する勉強ばかりではなく
実際に行こうとする
私立中学の雰囲気を、見るのも モチベーションを上げる一つかな・・・
地元の中学へは、行きたくない
それが理由なんだがね。

そこで
去年の夏は、遊びの遊んだ!!!

ので

今夏は、ばっちり
毎日 塾通いを決めた「受験対策 夏季講習」

通常の授業のほかに・・・ぶっちゃけ 受講料の他 
夏季講習料金 10万円が・・・・吹っ飛びます。

連れ合い曰く。。。。当然だよ
教育関係に、勤めているから、知って居たみたいで
びっくりする様子は無い

「で。。。。決めて来たんでしょ」
「うん。。。本人もやるみたい」

「じゃぁ~~~受験する気じゃないの。。。」
「なんですけどね」

小6から言われても間に合わないから
早めにですね・・・・連れ合いは言った

来月には、統一模試
会場は懐かしい私立学校だ

私も何を隠そう
良くその学校への模試に、行ったんだよな~~~~
今思えば
親もこうやって費用w捻出してくれていたんだな・・・ってね

もっと もっと 勉強しておけばよかった

今更後悔だが

人間。。。日々勉強だよな

そういえば
連れ合いは、どんだけの偏差値を、持っていたんだろう
聞いてみよっと

私より上であってほしいわ

子どもは・・・・どうなんだ?




子も親も塾長も
狙っている 付属中学校の合格偏差値は、「55」あれば


その上5回も試験が有り
一番良い成績を、考慮してくれるらしい

連れ合い曰く
「1回の試験で、受からなきゃダメだ」であった
だよな・・・・

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03/22
呼ばれて 入ると・・・・レントゲンが見えた。

ペーパーに書かれた、お腹の中の構造図から、説明が始まった
それぞれの部分が、示されていた。

腸が炎症している
だから エコー検査に映し出されるのに、苦労したみたいだった
レントゲンを、みると
その炎症場所が、霞んでいた。

なぜ なのか

虫垂の入り口に 石 石が 詰っている 7ミリの 糞石が
エコー検査によって、はっきりした

「あった・・・・・」は、どうやらこの事だったみたいだ

この石によって上行結腸が、炎症となった。

最悪はその腸を、切除して剥離し、(回盲部切除手術)正常な部分と
繋ぎ合わせる事に、なるらしい・・・・だった。
それには
お腹を、開けてみないと分からない・・・・ってなった

なので
数値からして、膿は無い様子とだった

全身麻酔を、施すと言われた。

取り急ぎ対応できるよう 術中の判断で進めると
約束された。

了承してお願いした。

そして 「入院の支度を、したいので一度家に戻りたいので・・・・」
「えって。。。それは、無理だな」
「えっええ ぁはぁ わかりました。」
「外科が一杯で、産婦人科になるんだけど・・ね」
「わかりました(もうぅかくごして 強気となり)生まれてくる赤ちゃんの声でパワーを、貰いたいです」
先生とにっこりし
明日、手術かと思っていたら
「今夜中に、手術室が空いたら やります」
この時、15時を過ぎて居た
心の中で。。。。じゃん これから緊急かって つぶやいた




ここで 大きな誤算が発生した

それは お嬢ちゃん
朝 「学校へいってらっしゃい ♪」 送り出し
学校から戻ってきたら・・・・ママが入院 手術 って 事に、(@_@;)な訳で、
尚且つ 産婦人科だったので

「(*^_^*) 私に♪ 弟か妹」彼女の発想は、素晴らしい!!!
ひとり 盛り上がっていたらしい♪

「部屋が空いていなくて、差額ベット代が発生してしまう 4人部屋なんですが・・・よろしいでしょうか?」
家族は快く了承してくれた
「良いですよ」
一度家族は家に帰りました。

病室に案内された。 一日 差額代¥3500
テレビ 冷蔵庫 使い放題

4人部屋に、二人だけ 個室みたいなもんだった。(自分の体調が良ければ、メールも電話も自由だと言われた)

この日は、火曜日で
土曜日には、子ども会のイベントがあり、役員だった為色々な準備期間でもあった
取り急ぎ関係者には、緊急手術について報告して、お詫びしまくった・・・・

17時過ぎた頃、手術室が空いたと連絡が、入り

家族にこれから、手術するとメールをして
移動しました。


エレベータに乗り、看護師さんが、私が帰りに乗る
ストレッチャーを、引きながら
二人で歩いて移動した。

手術室のドアーは、自動だった。
扉ちかくで、合図をすると
中から数人の人が、出迎えてくれたのでした。

「お名前は・・・」聴かれ
答えて
中にはいりました。

入るといくつもの手術部屋に、仕切られてあり
部屋の途中の両側の壁には、沢山の医療器具がいっぱいでした。

私の入った部屋は、第3って 記憶します。

私の手術に関わる 3名の方々
そして、私の前に関わった方々が、5名ほど
ちょうど入れ替えで
交錯してました。

ほんと・・・・術室は、隙間なく一杯 いっぱいだったのだと・・・感じました。

手術室で、麻酔の説明を受け・・・・ってか
もう すでにDrの手には、麻酔の注射を手にしているわけで・・・・
書類を乱読して
最後に自分の名前を、記入した。・・・・笑えた どんだけ緊急やったの?

鼻からチューブを、入れられ
胃のなかにあるものを、外へだした
朝から何も食べて居なかったのだが、消化がうまくいっていなかった
ために・・・だろうな レントゲンを見たら
糞が沢山だった(笑)
全身麻酔中に、肺機能が停止となったら、やっかいだからと
胃の中の残骸を、チューブクリナーで吸い上げて居た
チューブを差し入れる前に、麻酔を噴射されて
苦しかった。「吐かないで 我慢して・・・・」の 言葉で 鼻が 麻痺していった。

ベッドに横になった
背中が電気毛布だったのか、ぽかぽか して
暖かい
私の下半身は、T 帯 棉の布一枚だった。 ふんどし って 奴ね (笑)
その上にぺらぺらの手術着だけだったから


横になると
天井には、ライト
この病院にしては、年代物だと感じた。

マスクをあてられ
「大きく吸って 1・・・・2・・」
ここまでしか
覚えていないや (笑)

気が付いたら

説明をされた 手術をしてくれたDrと 麻酔科のDrが右と左に居て
足元に家族が居た。

「先生 1と2 どっちでした?指で示すと・・・・」

「1って 示した。」
先生が、笑顔だったので

私は 指で○して (オッケ~~~~♪)ってね

「ありがとう」 って 言えた。

この1は、虫垂だけの切除
この2は、腸と腸の繋ぎ合わせ

沢山の方々にお世話になったのでした。


入院生活の話っは、この後に綴りたいと思います。
03/22
連休明けの外来だけあって
ものすごい人で、病院内は人で溢れて居た
「救急車で来るべきだった」
とうとう2時間待ち続けた。
待合場所の椅子に、身体を沈めて目を閉じて居た
ちょっとは、痛みが楽だったから、近くで親子が
「眠っているから そっと しておいてね」ママが子どもに言っていた。

触診をして 先生は、「もしかしたら 大きな事になるかもしれないよ 検査しよう~」「出来たら御家族に来て貰って」だった。

検査表を貰い説明を、受けて移動する

歩くと響くんです。
痛みを逃がしながら、休みながら移動

血液検査の場所で、「車いすを用意しましょうか」言われたのだが
「押してくれる家族が居ませんから、なんとかゆっくり上に(検査場所)あがってみます」

どうやら 検査表を見ると

手術前検査にチェックがしてあった

エコー・呼吸(吐く吸う)・レントゲン・血液・尿
検査移動するたびに、吐き気に襲われた。

エコー検査では、入れ替わり検査をするのだが
腹部が映し出せないで居た

とうとう 最後 責任者見たいな統括的な、技師さんがきて
「ごめんね~~~痛いけど」 どおどおおお えらい!!!力で圧迫っしおった!!!

「ぎゃぁぁああああああ」 「いたい・・・・・」

とととととぉおおとおととととと しばらくすると

「あった」 って 耳にした。

「ごめんなさいね」と告げられ 終わった。

此処までの所要時間

待合室で待った時間、一時間半
検査時間 一時間

時計を見ると14時を、廻っていた。

やれやれ・・・って 思っていたら
そこへ家族が来た。

「これで 検査が終わったから 診察だと思う」
「外来へ行くように、言われている」

診察室前に、降りると

あの 人々の波は、無く 静まり返っている。
「すいませ~ん 検査終わりました」 女性に話すと
「ちょっと待っていてね 先生呼びますね」

家の者と「検査でお金かかったね 持っているの?」二人で手持ちのお金を、計算して
大丈夫だね。

ふたりして処方薬が、出て 家に帰るつもりで居た
タクシーで帰るか・・・お金たりるね って 感じで

先生が来て
ご家族の方もって 言われ 呼ばれた。


03/22
なんか 浮腫んでないか・・・・そうだね~
寝不足かな
親しかった 伯母が亡くなり
ちょっとは、精神的にダメージなんだと、思った。
鏡を見たら
顔が腫れて居た

連休が明けて 学校も始まり
気が緩んだせいか、夜 痛みが出始めて朝まで
眠れなかった。

右下腹を押し
戻る時に、激痛が走った・・・・・・直感的に やばい!!!なぁ~~~
でも
夜中だしなぁ・・・朝まで待ち

家の者には「食べ過ぎ!」「便秘」だと、言われ

朝になり、近くの病院に行くと、総合病院に、行くように紹介状を、渡された。
だんだんだんだん 激しい痛みになった。

タクシーを自宅まで呼ぼうとして、電話をすると
あと30分以上は、かかると言われ
バス通りに出ることにした

運よくタクシーを、停めることが出来 総合病院の、玄関まで行けた。
03/22
一年間の疲労が
蓄積されて、年末から新年にかけて、ダウンする確率が多く
年頭に入院・手術をした。

病名は虫垂炎

正月に暴飲暴食と重なり
きっと不摂生かと、思っていました。

食後しばらくすると、胃が持ち上がる気配
しばらくすると、みぞおちが痛い
「食べすぎだよな~~~」

1月5日 伯母が亡くなった
そのころから痛んだお腹
最後のお見送りと、思い
数日前から、病院に詰めて居た。

通夜・告別式と参列で、その間も
痛みがある

そして、もっとも今思えば
異常だったのが、喪服だ・・・
お腹周りが、膨れて・・腫れてだと思う
スカートが入らなかった。

通常9号サイズなんだが、こんなにもお正月太りしたのかと
なんとか入ったのだが、移動中の自分で運転していた
車の中で
ものすごく痛くなった。

実家に寄り

母の11号サイズのワンピースを、借りた

式中も親族席で、座っていたが
痛みがあった

その上 トイレが近くて困った

これらが、今思えばはじまりだったかと
キャバと娘と私
い~っぱい遊ぼうね

よねまいか

Author:よねまいか
キャバリアと娘と私と

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